日本特別ニーズ教育学会は1995年創立以来、「特別ニーズ教育に関する理論的・実践的研究を通して、学習と発達への権利に関する教育科学の確立をめざす」ことを掲げ、会員の皆様の多大な努力により前進してきました。
2025(令和7)年10月19日に開催された2025年度日本特別ニーズ教育学会総会において第11期理事会が発足し、私は第10期に引き続き、代表理事を務めることとなりました。皆様のご意見を丁寧に伺い、お知恵を拝借しながら、学会の発展に寄与していけるよう取り組んで参りたく存じます。
代表理事への就任に際し、一言ご挨拶申し上げます。
2024年に本学会は創立30年を迎え、今期理事会は、創立40年に向けて新たなステージを切り拓いていく、大切な時期となります。持続可能な学会運営を目指して改善を重ねてきた前期までの取り組みを引き継ぎつつ、今期は次なる発展に向けた取り組みにチャレンジしていく必要があると考えています。
本学会に関わる社会的動向としては、これまでの30年の歩みのなかで、特殊教育から特別支援教育へと転換し、障害者権利条約への批准や障害者差別解消法による合理的配慮の提供の義務化など、大きな節目をこえてきました。そして、COVID-19パンデミックの影響を受けて、子ども・若者のコロナ禍後遺症と特別ニーズ教育という新たな事態にも直面しました。
特別支援教育に関わっては、障害の重度・重複化や日常的な医療的ケアを必要とする幼児児童生徒が増加傾向にあり、一人ひとりの発達支援のためには特別支援教育に関わる教職員の専門性の向上や従来の特別支援学校等の教育課程・教育方法をインクルーシブ教育の視点から改善・拡充していくための議論が緊要の課題です。
義務教育段階において特別支援教育を受けている児童生徒の人数は激増しており、文部科学省のデータでは20年間で3.8倍になっています。インクルーシブな学校を創り、通常の学校・学級でも必要な合理的配慮・基礎的環境整備をしながら特別支援教育を推進することとしているものの、特別支援学校等の特別な学びの場で学ぶことを選択している、あるいは選択せざるを得ない児童生徒が増加しています。
文部科学省が2025年10月29日に公表した調査結果では、2024年度における国公私立の小中高校の不登校児童生徒は過去最多の35万人となり、その4割が専門的な相談・指導を受けられていません。また、低学年での増加がみられ、幼児期にコロナ禍であった子どもがコミュニケーションや学びの基礎となる力を十分に獲得できていなかったことが、不登校や学校内での暴言・暴力として表面化している可能性などの指摘もみられ、検討が求められています。
前述のようにCOVID-19パンデミックにおいては、ワクチン接種後や罹患後の後遺症に苦しむ子ども・若者、罹患はしていなくてもコロナ禍の様々な制限や困難を経験する中でメンタルヘルスが悪化したコロナ禍後遺症を有する子ども・若者が少なくないことについての教育行政や学校の無関心・無理解のために、適切な支援を受けられないまま不登校や高校中退等にならざるを得ない実態もあります。
COVID-19パンデミックが長期に及んだなかで、社会的孤独・孤立の問題は深刻さを増し、ヤングケアラ―への支援の必要性も重視されるようになりました。子ども・若者が家事や家族のケアを日常的に行っていることにより、子どもの権利が守られていない可能性があります。このように支援が必要であっても表面化しにくい子どもの発達支援ニーズは、古くて新しい特別ニーズ教育の課題です。
小児期逆境体験(ACEs)への関心も高まっています。小児期逆境体験とは18歳までに経験する虐待、ネグレクト、家庭内暴力、親の精神疾患や薬物依存、貧困、両親の離婚といった子どもにおける強いストレスやトラウマとなる体験のことです。法務省所管の法務総合研究所は、2023年に「非行少年と生育環境に関する研究」を行いました。この調査研究によるとACEsを有する少年は少年院在院者で86.3%、保護観察処分少年で56.5%であり、非行少年の有する発達上の課題・困難の背景にACEsがあり、非行性が進むほどACEsを有する傾向も高くなることを明らかにしました。このような実態がデータとして明らかになったことの意味は極めて大きく、特別ニーズ教育においても予防的な発達支援のあり方を検討することが求められます。
学校や生活上の困難が見落とされがちな「ボーダーライン知的機能(境界知能)」に伴う困難・課題についても注目されつつあります。通常学級においては適切な支援を受けられずに「努力不足」と言われ続け、達成感を得るのが難しくなってしまう子どもがいる可能性があり、結果として、不登校や高校中退になったり、自己肯定感が育まれないまま社会に出て、仕事がうまくいかないなど、さらなる困難に遭遇する方も多いように思います。しかし、「ボーダーライン知的機能(境界知能)」は「知的障害」ではないために、特別支援教育や障害に応じた教育・支援の対象ではなく、かといって、通常の学級でも「ボーダーライン知的機能(境界知能)」に伴う学習・生活上の困難に応じた支援の必要性に自覚的な教師は多くなく、結果として取りこぼされて児童生徒個人の問題にされているのが現状です。
高校でも通級による指導が始まっているものの、知的障害は対象ではなく、置き換え可能な科目や単位数の制限があって、現実的な特別の教育課程ではないことや、高校に特別支援教育・通級による指導を担当できる専門性を有する教員が圧倒的に不足していることなどの問題もあります。文部科学省のデータでは高校における通級による指導が必要と思われる生徒の半分は学校側の条件不足により通級による指導を受けられず、必要な教育を保障できていないという状況です。さらに近年は高校の統廃合が進み、公立高校が全くない自治体も全国に28.9%、1校のみで選択の余地がない自治体は35%です。今後も統廃合が進み、公立中学校と同様に多様な生徒を受け入れていく状況はこれまで以上に加速していくでしょう。すなわち高校における適格者主義や生徒を学力によって選抜するようなあり方は過去のものとなりつつあり、多様な発達ニーズを有する生徒を包摂するインクルーシブな高校へと改革していく必要に迫られています。
中央教育審議会は2025年9月19日、次の学習指導要領の改定に向けて「論点整理」の取りまとめを公表しました。新学習指導要領に基づく授業の全面実施は小学校が2030年度、中学が31年度、高校が32年度以降となる見込みですが、不登校など多様な特性・背景の子どもに寄り添うため、特別な教育課程を編成可能にしたり、学年区分を柔軟化したりする必要があると指摘しています。「不登校」「特異的な能力を有する生徒」「日本語の指導が必要な生徒」等の対策が新たに講じられようとしています。また、教科指導等における学び方も集団指導に重きを置く教育を脱却し、個別最適化や主体的に学ぶ教育をさらに促進しようという方針が読み取れます。しかしそれに対して、中教審特別支援教育部会の論点整理では「障害のある幼児児童生徒」のみを対象にする枠組みを脱却するような論点は見られません。
一方で、本学会が重視し、30年にわたって議論を重ねてきたように、子ども当事者の「特別な教育的ニーズ」を重視し、当事者の支援ニーズに基づいた教育や発達支援を組み立てていくことや、子どもの多様な発達困難に対して包括的支援システムのなかで多様な職種・機関が協働して教育や発達支援を可能にしていくような社会的仕組みの構築、さらにはそれを支える人材の育成に関する議論も早急の課題です。
さらに就学前教育や高校教育、さらには高等教育も含めて障害・疾病・特別ニーズを有する子ども・若者当事者の学びの権利保障をさらに拡充していくための研究も必要であり、特別支援教育の枠組みを特別ニーズ教育へとダイナミックに改変していく研究議論が活発になることを願っております。
2025年で第二次世界大戦後80年を迎えましたが、世界は相変わらず各地で覇権的な紛争・戦争が繰り返し起こっています。このような時代であるからこそ、「戦争・核・平和と特別ニーズ教育」というテーマに取り組み、すべての子ども・若者の「いのち・生存・生活・発達・学び」の権利が保障されていくように、広く社会に発信していく役割を担わなければなりません。
国連・障害者権利委員会勧告への返答は2028年2月を予定されていますが、本学会を起ち上げた時代と同様に、今まさに特別ニーズ教育に関する理論的・実践的研究を重ねて、政策提言などの議論をリードしていくべき時にあるといえます。子ども・若者が安心して過ごせる社会を実現していくためには、「特別ニーズ教育」をプラットフォームに、領域横断的な研究的対話・議論と社会発信が不可欠です。
以上のような問題意識にもとづき、今期理事会の基本方針として①「本学会の伝統の継承と特別ニーズ教育の一層の進展」、②「次世代の人材育成」、③「社会貢献」の3つを掲げ、本学会が直面する多様な課題に具体的に取り組むために3つのワーキング・グループを設置します。
理事会とワーキング・グループが一丸となって進めていきたいことは次の7項目です。
1.日本特別ニーズ教育学会創設30年の研究成果をまとめて今後を展望するために、特別ニーズ教育研究の学史的総括に関わる書籍を刊行するとともに、特別支援教育・特別ニーズ教育に関する政策提言などにも関与していくような議論を進める。
2.中間集会・研究大会における課題研究と学会誌『SNEジャーナル』の特集を連動・連関させて特別ニーズ教育の議論の活性化と深化を進める。
3.特別ニーズ教育研究に関心を寄せる担い手の育成と社会貢献の取り組みとして、各賞授与や若手チャレンジ研究会の定期開催を継続することに加えて、特別ニーズ教育の未来の担い手(中学生・高校生)の探究心に応えるような若手チャレンジ研究会における中学生・高校生部会の開設や「日本特別ニーズ教育学会全国高校生特別ニーズ教育研究コンクール(仮称)」の実施についての検討を進める。
4.学会誌『SNEジャーナル』のさらなる充実を図るために、①編集委員の査読力量を高める研修講座の開催、②毎年度の特別ニーズ教育研究の動向と課題に関わる「研究レビュー」の常設について検討する。
5.学会創設期には作成されていたが、長きにわたり学会彙報(新規規定・規定改正、理事会・編集委員会・各種委員会の議事、予算・決算、会員異動等)に関わる記録が皆無であるために、学会会報において学会彙報を掲載する。アーカイブの面からも有効と考える。
6.2025年度総会にて新設した文書保存規程に基づき、学会会報・研究大会発表要旨集・その他の資料のアーカイブ化を進める。
7.学会活動の更なる発展と当面する多様な課題にスピーディに取り組むために、3つのワーキング・グループを設置する。それらは、①総務委員会の会報WG、②研究委員会の特別ニーズ教育学史・アーカイブWG、③総務委員会・研究委員会合同の若手育成・社会貢献WGである。
以上の議論と活動を通して、会員の皆様や社会からの期待・要請に応えていくことに貢献できるように、理事・監事の皆様と取り組んで参りたく存じます。学会の使命を達成していくことができるように、皆様のご意見を伺いながら真摯に取り組む所存です。どうぞよろしくお願い申し上げます。